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建設業手間請け従事者に関する労働基準法の「労働者」の判断基準について
建設業手間請け従事者について
1「手間請け」とは
「手間請け」という言葉は、多様な意味で用いられているが、本報告においては、工事の種類、坪単価、工事面積等により総労働量及び総報酬の予定額が決められ、労務提供者に対して、労務提供の対価として、労務提供の実績に応じた割合で報酬を支払うという、建設業における労務提供方式を「手間請け」と定義する。
この他に「手間請け」と呼ばれるものとして、①手間賃(日当)による日給月給制の労働者の場合、②手間(労務提供)のみを請け負い、自らは労務提供を行わずに労働力を供給する事業を行っている場合があるが、①については一般に労働者と、②については一般に事業者であると解することができ、これらについては労働者性の問題が生じるところではないので、本報告では対象としていない。
なお、建設業において「手間請け」の形態が見られる工事にはさまざまな種類のものがあると考えられるが、以下では主に建築工事を念頭に置いて記述している。
2「手間請け」の形態
以上のような「手間請け」というものについても、工事の種類、労務提供の形態等により、いくつかの形態が存在する。特に、住宅建築等の小規模建築工事の場合とビル建築等の大規模建築工事の場合では、その形態が大きく異なっている。なお、建設業の場合、親方、子方、配下、世話役等の用語が、工事の形態により異なった意味に使われる場合があるので、単にその呼び名だけではなく実際の役割に留意する必要がある。
(1)小規模建築工事の場合
建築工事を請け負った工務店、専門工事業者等と大工等の建築作業従事者間での契約・労務提供の形態である。建築作業従事者は、単独の場合とグループの場合があり、後者の場合には、グループの世話役がいる場合がある。
契約は、一つ一つの工事ごとに、就労場所、工期、作業内容、坪単価、報酬の支払方法等を内容として、通常は口頭で行われる。
報酬については、まず、仕事の難易度により一坪仕上げるのに何人分(人工)の労働力が必要かが判断され、これを基に、坪単価が決定されて坪単価×総坪数で総報酬額が決められる。この巣報酬額を、工事の進捗状況に従って按分し、月ごとに、あるいは、請求に応じて随時支払う場合や、工事終了後一括して支払う場合などがある。
なお、この他に特殊なものとして、棟上げ等の場合に他の大工等に応援を求め、逆の立場の場合にその「手間」返す「手間貸し」(手間返し)という形態もある。
(2)大規模建築工事の場合
おおむね、次の3種類の形態が考えられる。ただし、この分類はあくまでも代表的な例を示したものであり、現実には必ずしもどれかに当てはまるものではないことから、労働者の判断に当たっては、実際の形態に留意する必要がある。
イ 世話役請取り
世話役が一次業者等と請負契約を結び、世話役が更にその下の作業員との間では、1日当たりいくらというような内容の契約が結ばれる場合が多い。
ロ グループ請取り
仕事があって手が足りないとか量が多いといった場合に、同じようなレベルにある仲間がグループで一次業者等から請け負う形態である。グループ内では、グループの世話役とグループの構成員の間で、㎡当たりいくらという取り決めを結んでいる場合や、グループ内が全く対等の関係にあり、一次業者等との関係は、グループ構成員の話し合いにより処理される場合など、様々な形態を含んでいる。
ハ 一人親方
単独で作業を請け負う形態である。
契約は、㎡当たりいくら、トン当たりいくらという出来高払の単価契約で、口頭契約の場合が多い。
3使用者、事業主・事業者
(1)総論
建設業の場合には、下請契約等が重層的にされていることが多く、また、実際の指示や命令も重層的になされる。そのため、このような重層的な関係の下で作業に従事する者について労働者性を判断するためには、誰と誰の間に使用従属関係があるかを明確にする必要がある。
なお、労働基準法等関係法令においては、その義務主体が、労働基準法においては「使用者」、労働安全衛生法においては「事業者」、労働者災害補償保険法においては「事業主」となっている。このうち「事業者」及び「事業主」は事業の責任主体であり、「使用者」は事業主のために行為するすべての者であることから、この二者については対象となる範囲が異なっている。
労働者性の判断基準において、「労働者性を弱める要素」としている「事業主」は、上の意味での「事業者」又は「事業主」であるか否か、あるいは、これらにどの程度近いものであるかという点である。
他方、労働基準法においては、事業主以外のものであっても、実際に指揮命令等を行っている者はすべてその限りで「使用者」であることになることから、労働基準法において「使用者」であるとされ、その責任を負う場合でも、直ちにその者の労働者性が否定される者ではない。
(2)各論
手間請け従事者の労働者性が認められる場合には、原則的には、手間請け従事者分はそのグループと直接契約を締結した工務店、専門工事業者、一次業者等が使用者になるものと考えられるが、グループで仕事を請けている場合には、グループの世話役等が使用者になる場合も考えられる。したがって、グループによる手間請けの場合においては、グループの世話役と構成員の間及び工務店、専門工事業者、一次業者等とグループの構成員の間の使用従属関係の有無等を検討し、グループの世話役が、労働者のグループの単なる代表者であるのか、グループの構成員を使用する者であるのかを、その実態に即して判断する必要がある。
判断基準
1 使用従属性に関する判断基準
(1) 指揮監督下の労働
イ 仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対する諾否の自由の有無
具体的な仕事の依頼、業務に従事すべき旨の指示等に対して諾否の自由がある ことは、指揮監督関係の存在を否定する重要な要素となる。
他方、このような諾否の自由がないことは、一応、指揮監督関係を肯定する要素の一つとなる。ただし、断ると次から仕事が来なくなるなどの事情により事実上仕事の依頼に対する諾否の自由がない場合や、例えば電気工事が終わらないと壁の工事ができないなど作業が他の職種との有機的連続性をもって行われるため、業務従事の指示を拒否することが業務の性質上そもそもできない場合には、諾否の自由の制約は直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならず、契約内容や諾否の自由が制限される程度等を勘案する必要がある。
ロ 業務遂行上の指揮監督の有無
(イ) 業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
設計図、仕様書、指示書等の交付によって作業の指示がなされている場合であっても、当該指示が通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には指揮監督関係の存在を肯定する要素とはならない。他方、当該指示書等により作業の具体的内容・方法等が指示されており、業務の遂行が「使用者」の具体的な指揮命令を受けて行われていると認められる場合には、指揮監督関係の存在を肯定する重要な要素となる。
工程についての他の職種との調整を元請け、工務店、専門工事業者、一次業者の責任者等が行っていることは、業務の性格上当然であるので、このことは業務遂行上の指揮監督関係の存否に関係するものではない。
(ロ) その他
「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することがある場合には、使用者の一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となる。
ハ 拘束性の有無
勤務場所が建築現場、刻みの作業場等に指定されていることは、業務の性格上当然であるので、このことは直ちに指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には指揮監督関係を肯定する要素となる。ただし、他職種との工程の調整の必要がある場合や、近隣に対する騒音等の配慮の必要がある場合には、勤務時間の指定がなされたというだけでは指揮監督関係を肯定する要素とはならない。
一方、労務提供の量及び配分を自ら決定でき、契約に定められた量の労務を提供すれば、契約において予定された工期の終了前でも契約が履行されたこととなり、他の仕事に従事できる場合は、指揮監督関係を弱める要素となる。
ニ 代理性の有無
本人に代わって他のものが労務を提供することが認められている場合や、本人が自らの判断によって補助者を使うことが認められている場合等労務提供の代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素の一つとなる。他方、代替性が認められていない場合には、指揮監督関係の存在を補強する要素の一つとなる。
ただし、労働契約の内容によっては、本人の判断で必要な数の補助者を使用する権限が与えられている場合もある。このため、単なる補助者の使用の有無という外形的な判断のみではなく、自分の判断で人を採用できるかどうかなど補助者使用に関する本人の権限の程度や、作業の一部を手伝わせるだけかあるいは作業の全部を任せるのかなど本人と補助者との作業の分担状況等を勘案する必要がある。
(2)報酬の労務対償性に関する判断基準
報酬が、時間給、日給、月給等時間を単位として計算される場合には、使用従属性を補強する重要な要素となる。
報酬が、1㎡を単位とするなど出来高で計算する場合や、報酬の支払に当たって手間請け従事者から請求書を提出させる場合であっても、単にこのことのみでは使用従属性を否定する要素とはならない。
2 労働者性の判断を補強する要素
(1)事業者性の有無
イ 機械、器具等の負担関係
据置式の工具など高価な器具を所有しており、当該手間請け業務にこれを使用している場合には、事業者としての性格が強く、労働者性を弱める要素となる。
他方、高価な器具を所有している場合であっても、手間請け業務にはこれを使用せず、工務店、専門工事業者、一次業者等の器具を使用している場合には、労働者性を弱める要素とはならない。
電動の手持ち工具程度の器具を所有していることや、釘材等の軽微な材料費を負担していることは、労働者性を弱める要素とはならない。
ロ 報酬の額
報酬の額が当該工務店、専門工事業者、一次業者等の同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額な場合には、労働者性を弱める要素となる。
しかし、月額等でみた報酬の額が高額である場合であっても、それが長時間労働している結果であり、単位時間当たりの報酬の額を見ると同種の業務に従事する正規従業員に比して著しく高額とはいえない場合もあり、この場合には労働者性を弱める要素とはならない。
ハ その他
当該手間請け従事者が、①材料の刻みミスによる損失、組立時の失敗などによる損害、②建物等目的物の不可抗力による滅失、毀損等に伴う損害、③施工の遅延による損害について責任を負う場合には、事業者性を補強する要素となる。また、手間請け従事者が業務を行うについて第三者に損害を与えた場合に、当該手間請け従事者が専ら責任を負うべきとも、事業者性を補強する要素となる。
さらに、当該手間請け従事者が独自の商号を使用している場合にも、事業者性を補強する要素となる。
(2)専属性の程度
特定の企業に対する専属性の有無は、直接に使用従属性の有無を左右するものではなく、特に専属性がないことをもって労働者性を弱めることとはならないが、労働者性の有無に関する判断を補強する要素の一つと考えられる。
具体的には、特定の企業の仕事のみを長期にわたって継続して請けている場合には、労働者性を補強する要素の一つとなる。
(3)その他
イ 報酬について給与所得として源泉徴収を行っていることは、労働者性を補強する要素の一つとなる。
ロ 発注書、仕様書等の交付により契約を行っていることは、一般的には事業者性を推認する要素となる。ただし、税務上有利であったり、会計上の処理の必要性等からこのような書面の交付を行っている場合もあり、発注書、仕様書等の交付という事実だけから判断するのではなく、これらの書面の内容が事業者性を推認するに足りるものであるか否かを検討する必要がある。
ハ ある者が手間請けの他に事業主として請負業務を他の日に行っていることは、手間請けを行っている日の労働者性の判断に何ら影響を及ぼすものではないため、手間請けを行っている日の労働者性の判断は、これとは独立に行うべきものである。
ニ いわゆる「手間貸し」(手間返し)の場合においては、手間の貸し借りを行っている者の間では、労働基準法上の労働者性の問題は生じないものと考える。